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 何の仕事をしているのかという問いだてに対して、返答に窮する人はごく稀だろう。大抵の人の場合、すでにこの世の中に存在する、つまりすでに名前がある職業に就いているからだ。紙事の仕事は非常にユニークである。紙に纏わるあらゆることが仕事になり得る。

 豊かな自然の中で育った彼女は、母と祖母の影響を受けてきた。琴線に触れるものであれば、有名画家のポストカードも、たとえ紙くずでも不用品でも宝物のように扱い、ときには額装して部屋に飾った。

幼少期から変わらない紙への執着

喫茶店のストローの袋がオブジェに。「手前は私が持ち帰ったもの、奥は家で偶然見つけた、くしゃくしゃになった同居人のゴミ」

 「幼少期に興味があったものはまさに紙です。紙が好きというより、どちらかというと執着に近いのかもしれません」

 幼少期以降も紙への思いは変わらなかった。美大進学と迷いながらも、大学では社会科学を学んだ。所属したゼミでは学生たちの研究分野が教育、ものづくり、物流、アートなど多岐に渡り、関心の幅が広がったが、紙を使う仕事がしたいという思いから編集の仕事に就いた。

紙の役割の広さを感じさせる「冥銭」

副葬品として使われる冥銭。「天国の家族に送金するために、束で燃やされます。つくられた瞬間になくなることが決まっているんです」

 「当時はやりたいこととの乖離に悩みましたが、突然人事も任されることに。おもしろいのは、このときの経験が後の紙事の活動につながっていることです。

 人事の仕事をしていくうちに、採用よりも育てることの重要性に気づきました。新人さんを集めて山に登り、拾ってきたものと 500 円の予算中で、テーマを決め何かを作るということもしました。何が伝えたかったかというと、仕事は会社の中だけで完結するものではなく、自分の視点で日々収集した知識や思考などで成り立っているということ。だから、それぞれの個性が引き立つのは当然で、それをどう仕事に載せていくかが重要なのだということです。

 人事の仕事にはやりがいを感じていましたが、一方で、本当にやりたい仕事は、まだこの世の中に存在していないのかもしれない。だとしたら、もっと動いて取捨選択し、形づくるしかないと思い、ドイツへ行くことにしました。

“なぜ紙なのかは、分からない。 その理由を探すために、 今この仕事をしているのかもしれない”

「ドイツに行った理由は、『クライスター・パピア』という紙を染める技法を会社員時代の先輩に教えていただき、興味をもったから。先生は日本の紙文化に造詣が深い方でしたが、唯一褒められなかったのが色のことでした。『あなたは着物のようなくすんだ色を作るから、もっとパキっと色を出しなさい』と何度も言われました。日本生まれであることは絶対に逃れられない、勉強し忘れたことが日本にあるのかもしれないという思いとともに、一年後に帰国しました」

紙を知れば文化に辿り着く

600 年以上の歴史を持つ贈答の礼法「折形」。紙事はつつみの稽古も行う。紙に纏わる文化や歴史に関しても勉強を続けているという。

 帰国後は、個に深く関わる紙の仕事の形を模索し続けた。
「紙をツールに、まだ見たことのない景色を少しだけ案内するようなことができたらいいなと思っていました。

 今メインで行っているアルファベットを整える稽古は、祖母からの手紙と 10 年ほど習っていたカリグラフィーがルーツです。祖母の字は、まるで本人を纏ったかのように魅力的なものでした。全部トレースすれば彼女のような字を拝借できるのではと考え、写し続けているうちに、祖母の血筋を感じながらも、自らの気配も感じるような字が書けるようになりました。直感的にこれだと思い、自分の字を整えるお稽古をやってみようと思いつきました。本来、カリグラフィーとは先人たちが生み出した美しい文字を再現して楽しむというものですが、カリグラフィーの先生に『どんなに正解に近づいたとしても、人生のようにあなたがペンを動かす方向を自分で見定めて運ぶことができれば、それはあなたの線になる』と言っていただけて。この考えはわたしがやりたい仕事の核心に触れているのではないかと思いました。線を書くという行為は、内省するきっかけを与えるとともに、自らを反映します。半年というお稽古の期間を設けることで、日々の変化の中、自身の型を作り直したり、自分のことを爽やかに諦めたりしながら、自分の好きな線を探すお手伝いができればいいなと思っています。

「NANIGOTO」のオブジェ

固定観念を覆す発想がユニーク。新たな視点で物を見るきっかけに。「歯間ブラシとマッチ棒を組み合わせたもの。飾り方も見方も自由です」

 最近では、紙事の活動を昇華させた「NANIGOTO」という試みも行っています。新たな視点をおもしろおかしく切り取るというもので、紙事の活動の核を理解してくださる人が増えてきたからこそ、世に出し始めました。生き方もそうだと思うのですが、一つのことにとらわれてがんじがらめになればなるほど、『私はこうでないと』という思いが強くなり、動けなくなってしまうように思います。視点が広がれば、考え方もふりこの振れ幅のようにどんどん広がり、よりすこやかになるのではないかと思っています。

 紙に纏わるありとあらゆることが自然と集まってくるようになり、今はもらったものを返す行為を、仕事を通してしているだけなのかもしれません。まわりの人から出し惜しみなく与えてもらってきたからこそ、わたしもそうありたいと思っています。これからは、こどもたちやまだ生まれていない新しい世代に向けて、『なにがし』をしたいと考えています。大人が意図して用意したものは簡単に超えてくるのが彼らのすごいところ。ただ、場をつくることがきっと私の役割なのだと思います」

Photography YUYA SHIMAHARA
Edit & Text YURIKO HORIE

こちらの情報は『CYAN ISSUE 022』に掲載されたものを再編集したものです。

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