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 大胆にして、繊細。
 装身具LCFの店内に並ぶ品々を見ていると、そんな相反する二つの言葉が浮かんでくる。ジュエリーともアクセサリーとも形容しがたく、まさに「装身具」という表現がしっくりくる。装身具とは、装飾のために体につける工芸品のこと。この言葉が似合うのは、工芸的な美しさを孕んでいるからだろう。

生み出される作品の原点

ショップ併設のアトリエ。「お客様には、どういう工程を経て作品が出来上がっているのか、実際に見ていただきたいと思っています」

 作家の立川博章さんは幼い頃からものをつくることが好きな少年だった。大学に進学してからも、木工や金物などを自己流で制作していた。
 そして大学4年時にジュエリーの専門学校に入学。1年目は彫金などジュエリーづくりの基礎を徹底的に学んだ。
「技術的にできることが増えると、そこから何かつくれないかなと創作欲が湧いてくるんです。2年目は学校の手伝いをしながら、自分の作品をつくるようになりました」

 専門学校卒業後は、苦労の多い日々が続いた。
「1年間、ジュエリー修理の工房で師匠について修業しましたが、学校の延長といった感じで給料はもらえず、そこから5年はバイトに明け暮れる生活でした。作品づくりに集中することもできず、もどかしい毎日を送っていました。

 専門学校を卒業して6年くらい経った頃、友人から OEM の仕事をもらい、ようやくジュエリーの仕事に携われるようになりました。当時はそれだけで嬉しかったですね」

水晶の個性を際立たせる造形の美

水晶原石4石の指輪。「水晶はとても奥が深く、ひとつひとつの形に個性があります。研磨せずとも輝きを放つ石は、実は珍しいのです」

 その後、立川さんは年に1回のペースで個展を開催。
「3年くらい個展を続けた後、友人から都内一等地の雑貨屋をそのまま引き継がないかという話をもらいました。当時店を持つことはまったく考えていなかったのですが、友人の誘いがきっかけとなり、店をやってみたいと思うように。そして自ら探して見つけたのが、都立大の駅前にある 2.5 坪の物件でした。狭いスペースでしたが、物件が期限付きだったこともあり、チャレンジとしてできたのが逆によかったのだと思います。直にお客様の声を聞けるのは、当時の自分にとって大きかったですね。日々個展をしているような状態なので、すごく刺激的でした。店をやっていて気づいたのは、無理に量産する必要はなく、一点物をつくってひとりの人に気に入ってもらえればいいということ。実際に、お客様から要望を受け、それを形にしていったので、当初つくっていたものからはだいぶ変化がありました。そして、一点物であれば、来店する楽しみも提供することができます。そのサイクルがうまく行き、妻の協力もあり都立大のお店は6年続けることができました」

海の漂流物のオブジェ

「シーグラスを拾いに行った海岸で見つけた漂流物をオブジェに。変な形の石や破片など、おもしろいと感じたものが中心。100 点制作予定」

 店舗立ち退きとなり、次の物件を探すことに。工房を併設できる場所を1年かけて探したものの見つからず、退去の1ヶ月前に現ショップのある物件に出合った。
「初見でここにすると決めました。一目見た瞬間に理想としていた奥にアトリエ、手前に店舗という画が浮かんだからです。駅からは徒歩で 10 分ほど離れた立地ですが、世界観が確立していれば必ず人が来てくれるという確信がありました。運命的な出合いでしたね」

“既存の価値観にとらわれず 自分の感性を信じものづくりを続けていきたい”

その後、約半年の準備期間を経て、晴れて現在のショップ・アトリエがオープンした。LCF の世界観に共感する人が全国から集まるのだという。「僕は古道具やアンティークが好きで、店内は気に入った什器だけを集めていますが、その存在感に見合うようなものをつくっていきたいという思いがあります。重厚な空間に置かれることで、だんだんと作品も進化をしていきます。これは僕の中で創作意欲につながっていて、それと同時にインスピレーションにもなっています。昔のものは問答無用に手間と時間がかけられていて、そういったギミックも含めて強く惹かれるところがある。僕がつくるものも、古道具やアンティークのように一点一点手間をかけてつくることで、お客様に伝わるものがあればいいなと思っています」

LCF の価値観を体現する空間

立川さんの好きな什器ばかりを集めたという店内。新しいものと古いものが見事に共存する。中央のコンソールは完成前に一目惚れし、作家に譲ってもらったものだそう。

 最後に、今力を入れている商品について訊いた。
「今僕がやりたいことのひとつとしてあるのが、海岸に流れ着いた漂流物をオブジェにすることです。もともと無価値なものに新たな価値を見出すことは僕にとって大きな挑戦でもあります。ものを見るときの視点や、何を美しいと感じるのかといった価値観に共感してもらえたらこれほど嬉しいことはありません。

 20 代の頃にイメージしていたような大きいブランドにはなれていないかもしれないけど、お客様と対話しながらものづくりができる環境にあることは、喜びであり、日々の原動力になっています。そして、僕がもっとも大事にしているのは、毎日手を動かすこと。手を動かし続けることで、さまざまな気づきがあり、そしてそれが明日につながっていく。叶うのであれば、死ぬまで何かをつくっていたいのです」

Photography YUYA SHIMAHARA
Edit & Text YURIKO HORIE

こちらの情報は『CYAN ISSUE 023』に掲載されたものを再編集したものです。

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