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—緑が生い茂る小道の先に見える赤い屋根。耳をすませると静かな波の音が聞こえてくる—
福岡県糸島市に構えられたmakumoの小さなアトリエ。パリの生地屋さんに訪れたかのような色とりどりの布が棚に収まり、ミシンの音が響いていた。

1枚の布が完成するまで

「デザインを考える時は、今でも手を動かしながら考えます。得意の切り絵で再現し、イメージをふくらませることも」

「実は、テキスタイルについて学んだことはないんです」と、デザイナーの福山さん。
「学生時代に興味を持ったのが陶芸でした。しかし、先生からも “向いてないよ” と散々いわれていたし、折り合いが悪かったので、うまく誘導されて旗屋で働くことになったんです(笑)」
おつかいを頼まれて出向いた先が旗屋だった。“じゃ、来週から来てね” といわれるがまま、それから2年もの間働いたそう。
「店頭に設置するのぼりなどをシルクスクリーンという技法で制作する会社でした。使うのは、水や油に溶けずに布の上に面で色がつく顔料。力仕事の補助がメインで直接シルクスクリーンの業務に携わることはなかったのですが、いい学びの機会になりました」

オリジナルテキスタイルたち

これまでデザインした布たちは、優に100種類を超える。動物をモチーフにした柄が目につく中、花柄や幾何学模様などもちらほら

 退社した後は、高校時代から得意としていた切り絵にもう1度チャレンジしてみようと、路上での切り絵販売をスタート。全国を行脚することになり、たどりついたのは石川県金沢市だった。
「金沢で入った古着屋に運命を感じてしまい、のちに運営などに携わらせてもらうようになりました。そこで出会ったのがユニークな古布たち。見たことのない柄や色使いの布を見つけては収集するようになったんです。しかし、収集しているうちに、ビビッとくる布がどんどん少なくなってしまって。だったら自分で作ってしまおう!と思ったのが、makumoの始まりです」

日常に寄り添うアイテムへと

サコッシュやハンカチ、ポーチなどへと生まれ変わる。安定感と使い心地にこだわった結果、ポーチはナッツ型に

 地元の福岡に戻り、本格的に布づくりを開始する。当時は布を作ろうにも、旗屋で得た知識=顔料を使ったシルクスクリーン技法しか持ち合わせていなかった福山さん。旗屋の元上司が立ち上げた会社を頼って門をたたいた。そこはTシャツにシルクスクリーンでプリントをほどこすことを専門としている会社。最大でもA4サイズの版しか作れず、布にプリントをほどこすことは骨の折れる作業だったといいます。

「小さな机の上に布を広げ、刷っては布を送り、刷っては布を送り…… 永遠にその繰り返しです。その布を使って作れるものといったらポーチやハンカチなどの小物類。いつかは服を作りたいと思っていた私にとっては、さっそく壁にぶち当たった感じでした」
そんな中でも新聞社などからの取材や百貨店からのポップアップショップなどの依頼が舞い込むようになり、少しずつ日の目を見る機会が増えていった。
 そして新たな転機が訪れる。

ハンドプリントで染め付ける

シルクスクリーン版を繰り返して使い、生地を染め付けているところ。「音楽を聴きながら没頭している時間が本当に幸せです」

「人手が足りない!と思っていたタイミングで、現在makumoのプリントを担当している夫・新木と結婚することになったんです。当時新木は、飲食店に勤務していましたが、“暮らし” を大切にしたいという思いから、一緒にmakumoをやっていくことを決意してくれました」
未知の領域だったテキスタイルの世界。新木さんは、インターネットなどを駆使しながら、とにかく一生懸命に勉強に励んだ。その中で、洋服を作る為にはシルクスクリーンではなく染料を使って布を制作しなければならないことがわかった。そこからは、youtubeを見たり染料屋さんに電話をしながら、試行錯誤の日々が始まった。

もちろん失敗もたくさんしました。でも、もうとにかく楽しくて仕方なかったんですよ。寝ることも忘れてずっと作業してしまって。だから今はどんなに遅くても夜中の3時まで!というルールを作っています(笑)」
夫婦二人三脚になり、さらにパワーアップしたmakumo。
「これまでは1人でのほほんと作っていたのですが、新木が加わることによって、いわゆる “会社” になった感じですね。ちゃんとシーズンごとにコンセプトを掲げて、常に新しい柄や色、アイテムなどを発表しています」

“そっと人に寄り添うモノを”

「実は今、makumoにとっては初となる無地に挑戦しているところなんです。柄のイメージが強かったmakumoにとっては、思い切った試みですが、ずっと大切にしている “人に寄り添う” ことから考えれば、それもいいかな」と、福山さん。続けて新木さんは「厳密にいうと無地ではないんです。無地とは絶対に呼びたくない、というよりも無地というのは存在しないと思っていて。どんなに仕上がりが “無” 地に見えても、絶対に “ムラ” は存在しているんです。だから、ぼくの中では、無地という柄なんですよ」という。

 今後の夢についてもうかがった。
「まず何より、ずっと続けていくことですね。これから新たなチャレンジをたくさんさせていただくと思うんですが、どんな状態でも楽しんでもらえたり、身近に感じてもらえるものを生み出していければと思います」

Photography KIYOSHI NAKAMURA
Edit & Text ERIKA TERAO

こちらの情報は『CYAN ISSUE 024』に掲載されたものを再編集したものです。

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