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“イソップ”という新しい価値観の創造

 イソップは1987年にオーストラリアのメルボルンで創業した。もともと美容師としてヘアサロンを経営していたデニス・パフィティスが、理念と信念、そしてサロンで培った経験を凝縮して作り上げた数種類のヘアケアシリーズが原点である。
 当時のデニスのサロンでは、上質な音楽が流れ、心を掴まれるような優雅な香りが漂っていた。そんな極上の空間で、時間をたっぷりかけてヘアカットを施す。“訪れた人を芯からリラックスさせ、ストレスから解放したい……”高い理想を抱きながらサロンワークに邁進していた彼のもとには、世界中から顧客が殺到し、予約は数年先まで埋まっていたという。納得のいくものを妥協せず追い求めるデニスは、当時からシャンプーも自身で調合し、サロンで使用していた。その使い心地に魅了された顧客からの購入希望が絶えなかったため、やがてオリジナルの製品開発を本格的に始めるようになる。これを起点とし、デニスの探究心はスキンケアやボディケアアイテムまで発展していく。そして現在に至るまで、サロンで提供していた最上級のカスタマーサービスと、高品質のケアアイテムを創造・提供し続けているのである。

独自のカスタマーコミュニケーション

「イソップは世界中の店舗で、お客さまと真の関係を築くことに注力しています。店舗はブランドの鏡。どのお店を訪れても、常に高いクオリティーのサービスを提供しなければなりません。この独自のアプローチは、2004年にオープンした1号店であるサン・キルダ店で初めて導入されました。イソップでは、お客さまとの1対1のコミュニケーションの中からその方に合った製品を選び出し、その場で実際に体験してもらうことによって、絆を作っているのです。(スーザン・サントス(以下S) / リテール・カスタマーリレーション、ジェネラルマネージャー)」
 イソップが大切にしていることの一つに、店舗における“顧客との真のコミュニケーション”がある。実際、イソップはマス(不特定多数)に向けての広告的アプローチはしない。それよりも、店舗に訪れた顧客を家族のように温かく迎え入れ、そのとき、その場で、その人に合ったコンサルティングをすることにウェイトを置いている。この点が、モノや情報に溢れ、ムーブメントが起きては消えていく現代の市場において、イソップを唯一無二の存在にしている理由のひとつであると言えるだろう。

スザーン・サントス

「1号店をオープンし、お客さまと触れ合うなかで、彼らは“製品を実際にトライしてみること”、“コンサルタントとの知的な会話と肌タイプに沿った有意義なアドバイス”を求めているのだということに、すぐに気がつきました。(S)」
 世界中のイソップの店舗では、顧客にハーブティーを出し、肌悩みについて親身に相談にのるという一見ごく控えめでパーソナルなサービスが提供されている。つまり、一人ひとりを尊重した、個対応のサービスで歓迎しているのである。香りや音楽などをそれぞれの感覚で自由に楽しめる人間的なスペースで行われる、落ち着きある温かい接客。そこに、市場調査結果や一過性の流行は必要ない。イソップは、“謙虚さと誠実さ”を大切にするような、思慮深い人のためのブランドなのだ。
 例えば、同じ人であったとしても、その時々の環境で、必要なケアはどんどん変わっていくだろう。イソップはその変化に寄り添いながら、共に成長していく。つまり、高いポリシーと同時に、柔軟に変化する心意気も持ち合わせているのである。

アートと生活

「私たちは、ビジュアルアーツ、文学、歴史、社会的言説などはすべて、アーティスティックな表現であると信じています。イソップのお客さまには、私たちと同じようにアートに対する独自の価値観や情熱を持っています。そこでイソップは、製品や店舗での接客だけでなく、カルチャーやアート団体とパートナーシップを組むことによっても、お客さまとコミュニケーションを取っています。このような活動は私たちのクリエイティブな価値観を反映しており、同じ考えを共有する人を魅了できると考えています(S)」

イソップの求めるスキンケアは“美の現実”であり“美の神話”ではない

 イソップの核となる部分には、芸術への高い意識があり、カスタマーリレーションシップにアートやカルチャーを結びつけている点からも、イソップのユニークさを見出すことができる。例えば、新進気鋭の作家の小説やインタビュー特集などをリリースし、顧客とのアーティスティックなコミュニケーションを定期的に図っている。
 ライフスタイルとは、その人の価値観が凝縮されたものだ。イソップのアイテムは、それぞれの独創的な生活の中に、その快適さの一部を後押しするモノとして確立している。健康的な食生活、運動、読書、アートなどでバランスのとれた生活のひとつのパーツとして、ふと気がついたら“そこにある”ような、自然発生的な存在なのだ。

Photo Takumi Ota イソップ 京都店

環境と製品開発

「私たちは、常にスタッフ同士でディスカッションし、話し合いながら製品を作り上げています。製品は、ラボのなかで生まれるのではありません。“世界中のお客様が実際に何を必要としているのか”という事実を大切にしています。肌は環境に対応しなくてはならないため、汚染物質やエアコン、季節の変化、実生活のストレスに取り組む必要があると私たちは考えます。イソップのスキンケア哲学は、自身が置かれた環境を理解し、現代の生活が肌に与える影響について考える時間を取ることを人々に促しています。(ケイト・フォーブス(以下K) / プロダクト・R&Dジェネラル マネージャー)」

ケイト・フォーブス

 イソップの製品開発は、市場動向に左右されることはない。最上級の品質を追求することがすべて。肝心なのは、誠実さと信念を持って最善をつくすことだという。また「ナチュラル」「オーガニック」という言葉は、製品説明において決して用いらない。これらの響きが呼び起こすイメージを利用することを避けるためだ。イソップでは、サイエンスのチカラも大切にしており、躊躇せず新しいテクノロジーも取り入れる。ラボで作られた優秀な成分と、優れた植物由来成分を厳選してブレンドすることが、美しい肌の維持に不可欠だと解釈しているのである。
 また主力製品も定めていない。それは、それぞれのライフスタイルによって、その環境に合わせたスキンケアが必要であるはずだからだ。売れ筋の製品がその土地ごとに異なっているのは当然で、さらに文化や教育も地域の需要を決定する一因になっていることを理解しているという。

街に溶け込む建築

「イソップの全てのお店は、その地域の特性を落とし込んでデザインされており、一店一店異なります。ストアデザインのコンセプトを作り出すときは、その地域に敬意を払うことを大切にしています。私たちは、素晴らしいデザインが私たちの生活を向上させると信じており、この精神を、ストアデザインからプロダクトデザインに至るまで、全てにおいて落とし込んでいるのです。(S)」
 建築において、イソップはその場所に割り込むのではなく、すでにそこにあるものを利用し、街並みに溶け込んでいく手法を取っている。新店舗の出店場所に関しては、街全体を見渡し、建物、歴史、そこに暮らす人々などからインスピレーションを得て、その地域で最も興味深い要素を探し出し決定される。ブランド側から街に馴染んでいくため、遠くからわざわざ人を呼ぶ必要はない。イソップを受け入れるポテンシャルがある人たちの生活圏内に自ら入り、カフェやファーマシーなどの帰りがけに、ついでに立ち寄れるような気軽さをその理想形としている。

イソップ本社

 内装は、許す限り元からあるファサードを活かしつつ、美しく作り上げる。それらはイソップの哲学を共有する卓越した建築家によってデザインされたものだ。コラボレーションする建築家は、その作品の素晴らしさだけではなく、それぞれの個性を重視しながらも、イソップと意思疎通を図れる人を基準に選抜。
 どの店舗もオリジナリティがありながら、シンプルかつ洗練された、タイムレスな空間となっている。また音楽や照明はごくごく控えめであるが、何気ないアプローチのなかに、他とは異なる特徴を醸し出しているのが印象的だ。店内に足を踏み入れた瞬間に、必然的に慌ただしい喧騒から逃れることができる。これら、構成する全ての要素が、イソップの空間で得られる満足感に繋がっているのである。

インテリジェント・スキンケア

「イソップの製品を使うことによってベネフィットを感じてほしいですが、スキンケアはそれだけでは完了しません。文学・アート・食生活・生活習慣、それらが日々の生活の中でバランスよく確立されていることが、本当の意味での美しい肌を育むのです。(K)」
 イソップはつまり、単純に「スキンケア製品」を提供しているわけではない。それは言うなれば、“インテリジェント・スキンケア”。ブランド哲学を通じ、人びとに知的探究心を持ち続けてほしいと願う。人が生きるために一番大切なのは生活。つまり、いかに生きるかということだ。イソップは常に何かのきっかけとなるようなカードを提示し続ける。それは、生活をより豊かにするヒントとなる何かかもしれない。些細なインフォメーションを、製品・店舗・接客・デザインなどに静かに仕込ませる。それらに気がつくか、それらをどう取り込むかは、個人の自由に委ねて……。きっと、その自由でクリエイティブな選択の延長線上に、“真実の美”が存在しているのであろう。

Aēsop Story — 1

“イソップ”というブランド名の由来

イソップは古代ギリシャの寓話作家であり、ギリシャで伝承されてきた道徳的なストーリーを語っている。ともすると道徳観が希薄になりがちなビジネスの世界で、これらの理念と行動を日々の生活にしっかりと染み込ませることを意識し続けるためにこの名をとった。「ブランド名=提供している哲学」であるとも言えるだろう。

Aēsop Story — 2

イソップにおける“香り”

イソップの製品は、 感覚を研ぎ澄ませてくれるようなエッセンシャルオイルの香りが有名である。しかし、それらはあくまでも含有成分の有用性を第一に考えて厳選されたもの。 香りの良さは、付随的なお楽しみなのである。

Edit & Text SHIHO TOKIZAWA

こちらの情報は『CYAN ISSUE 013』に掲載されたものを再編集したものです。

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