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その歴史は室町時代に遡り、江戸時代初期に武士の裃に端を発し、江戸中期には町人にも広まっていったという「東京染小紋」。淡彩の微細な模様と江戸らしい粋を感じさせるデザイン性の高さが特徴だ。
型紙に彫られた型によって染め模様を作り出す「型染め」は、大紋・中紋・小紋の3種類がある。その中の小紋柄が武士たちの公務の際に着用する裃の柄に使われるようになり、発展していった。小紋の柄は、霰あられ・鮫さめ・籠目かごめなどがあり、家によって使える柄が決まっていた。それが江戸中期には、庶民の間でも用いられるようになり、いままでの武士たちが用いたような品格を重んじた柄に加え、自由で粋な感性によって華やかに発展していった。
小紋染には良質な水源が欠かせないことから、神田川や隅田川流域の神田や浅草に多くの染色業者が居をかまえた。しかし明治期以降になると、川の汚れが目立つようになり、神田川と支流の妙正寺川の流域に多くの業者が移転し、新宿の地場産業となり現在に至る。
初代の富田吉兵衛によって明治15(1882)年に創業した「更紗屋吉兵衛(更吉、現:富田染工芸)」もその染色業者のひとつ。現在の工房をかまえる神田川・面影橋の側には、大正3(1914)年に移転した。創業以来、東京染小紋や江戸更紗など、多くの染物を手がけてきた。制作だけでなく、工房を兼ねた「東京染ものがたり博物館」を運営し、今では海外からも多くの観光客が訪れるという。さらに、2012年に立ち上げた「SARAKICHI」では、伝統を継承しながらも現代的な解釈を加えた新商品の開発に取り組んでいる。近年では「メゾン・エ・オブジェ」など海外の展示会での発表も積極的に行い、東京染小紋の可能性を広げている。

東京染小紋の染色工程は実に複雑だ。型紙の彫刻から始める場合もあるが、基本的には専門の型屋が手がけ、中でも三重県の伝統的工芸品としても知られる「伊勢形紙」が用いられることが多い。

はじめに、染め上がりの出来を大きく左右する色糊の調整が行われる。モチ粉と米ぬかを蒸し、よく混ぜた後に染料を入れ、試験染をしながら色糊をつくっていく。

次に行われるのが「型付け」だ。長板に白い生地を張り、その上に型紙を乗せ、ヘラで目色糊(生地の柄を染める糊)を置いていく。そうすることで、型紙の彫り抜かれた部分が染め出され、生地に柄が入っていく。

そして「しごき」と呼ばれる地色染めが行われる。糊が乾いた後に生地を板からはがし、地色糊(生地の地色を染める糊)をヘラで全体に塗りつけ、地色を染めていく。その後オガクズが振りかけられるが、これは次の工程の際に生地同士が張り付かず、全体に均等に染料を定着させる為に行われる。

しごきの後は、「蒸し」の工程に入る。生地を蒸箱に入れ、90〜100度の高温で20分程蒸していく。染料を生地に定着させる為に行われ、そのときの気温や湿度、仕上がりによって蒸し加減が調整される。
そして、蒸しあがった生地は、糊や余分な染料を落とすため水洗いされる。昭和38(1963)年頃までは、工房の目の前にある神田川で洗っていたというが、現在では地下水を汲み上げて、専用の機械が用いられている。いよいよ最後の工程の乾燥に入る。生地を張って乾燥させ、湯のしで幅を整えて完成となる。

このように、東京染小紋の繊細な美しさは、職人の技術と多くの手間なくしては決して出来上がらないものなのだ。

Crafts
SARAKICHI 小紋チーフ

着物の歴史と伝統技術を基軸としながらも、新たなデザインを生み出すブランドとして誕生した「SARAKICHI」。デザイナーに南出優子さんを迎え、チーフやタイなどを中心に、今までになかったような「伝統」と「モダン」が融合したアイテムを展開する。この「小紋チーフ」は、シンプルな小紋とユニークな「いわれ小紋」を組み合わせたもの。荒々しい渦巻きの中に万年亀が泳ぐ「渦巻きに亀」という縁起のいい柄だ。
SARAKICHI 小紋タイ

繊細な小紋のネクタイ。退染(あらぞめ:桜色と一斤染めの中間の淡い紅花染めのこと)のタイは、菱模様が上品な印象。裏地には梅柴色の菊唐草柄があしらわれている。瑠璃紺のタイは、「丸通し」という小さな丸が規則正しく並んだ柄を用いており、浅葱色の御所車の裏地がアクセントになっている。
SARAKICHI 小紋蝶ネクタイ

鮮やかな色合いとポップな柄が目を引く蝶ネクタイ。国産の絹を使用しているので上質感も持ち合わせており、大人の遊び心をくすぐるアイテムに仕上がっている。
市松模様×猫柄ストール

市松模様の伝統柄とモダンな猫と足跡の柄の組み合わせが印象的なストール。猫の柄の面には、さらに繊細な本の柄が小紋によって表現されている。裏地には花の模様が施され、まさに職人の技術が集結した一枚と言える。
Photography KENGO MOTOIE YUYA SHIMAHARA
Edit and Text YURIKO HORIE
こちらの情報は『CYAN ISSUE 015』に掲載されたものを再編集したものです。