オペラブランドの起点
オペラの歴史は大正時代にまでさかのぼる。当時の時代背景や社会意識の変化から大きな影響を受けていた。
リップティント、シアーリップカラーで人気を博しているオペラ。あまり知られていないが、実は102年も前に生まれた息の長いブランドだ。その歴史を紐解いてみると、現在の製品開発にもリンクした、変わらぬポリシーを垣間見ることができた。

ブランドのはじまり
オペラの歴史は、その前身である「中村信陽堂」からはじまる。中村信陽堂は、明治 41 年 10 月に化粧品の卸を担う個人商店として開業した。大正3年になると浅草区旅篭町(現在の台東区蔵前)に移転。さらに3年後の大正6年4月に社名を「オペラ化粧品本舗」に変更し、卸を廃業して化粧品を製造販売することになった。これが、現代に至るまで永く愛され続けているオペラブランドの起点である。
ブランド名の由来となった「浅草オペラ」
オペラ化粧品本舗の名前の由来は、当時の東京の娯楽の中心であり、モダン文化の中枢として機能していた浅草において、若者たちを熱狂させた「浅草オペラ」に由来している(浅草オペラという単語自体は、もともとは “浅草のオペラ” を略して偶然使用されたものだったが、浅草オペラが消滅した後に新聞で使われるようになり、次第に世間に浸透していったものだ)。浅草オペラは、日本国内におけるオペラ公演や西洋音楽の大衆化において大きな役割を果たし、各方面にインパクトを与えた一大ムーブメントだった。
当時の浅草は、人やモノが集まる大変 “粋” な場所であり、いわば流行の発信地だった。ここに拠点をおいた中村信陽堂が周囲の環境から大きな刺激を受けたことは容易に想像することができ、浅草オペラに由来する社名に変更したという点からもパワフルな影響力を感じずにはいられない。
日本初のリップスティック(棒状口紅)を発売
オペラ化粧品本舗は、大正7年に国内初となる棒状(スティックタイプ)の口紅「オペラ口紅」を発売した。当時は社会が大きく変動し始めたと同時に、都会的かつロマン的情緒を感じさせる西洋文化が浸透し、和洋折衷なスタイルが広がった頃。また都市部を中心に女性の社会進出が進むなど、新しい女性文化が生まれた時代でもあった。そのため、携帯しやすく使いやすいリップスティックの発売は、当時の女性たちに画期的でおしゃれなアイテムとして受け入られたようだ。この頃から、“化粧” という行為は自己表現だけにとどまらず、社会とのコミュニケーションツールのひとつとしての役割も担いはじめ、現代同様の進化を始めたのである。
オペラの快進撃
昭和に入ると、オペラ化粧品本舗は画期的な製品を次々と発表。世間の女性たちのニーズと好奇心を満たしていった。
「ミニチュアマニキュア」を発売
昭和 34 年当時は、軽三輪ブームをはじめ、小ぶりのアイテムが世間に受けていた。そのミニチュアブームに拍車をかけたと言われるのが、オペラの開発品である「ミニチュアマニキュア」だ。世間ではまだマニキュア自体のなじみも薄い時代だったが、“容器を洗練されたものにし価格も安くすれば、おしゃれな女性が試し買いしてくれるかもしれない” と考えたのである。価格は1本 50 円。ちなみに当時、パーマが 533 円、ストッキングが 400 円程度だったことを鑑みると、破格の安さだということが分かる。ミニチュアマニキュアは予想を上回る売れ行きとなり、化粧品市場には類似のデザインが出回った。日本初のリップスティック(棒状口紅)発売から引き続き、女性の感性に訴えかける鋭い着眼点を活かした製品開発の好例と言えるだろう。

“カラフル” という流行語を生んだ口紅
オペラでは、時代の流れを読み解きながらニーズを予測する開発会議が頻繁に行われていた。その地道な分析活動によって生み出された「カラフル口紅」も、オペラブランドに大きな変革をもたらした。当時のおしゃれな女性たちは身につけるファッションの色合いに合わせてメイクをコーディネートしており、容量よりも色で口紅を選んでいることがわかった。この調査結果を踏まえた上で、プチサイズでかわいらしい「カラフル口紅」が昭和 34 年秋に誕生。色は 12 色で、それぞれに情緒的な解説をつけるプロモーションが話題を呼び、“カラフル” という流行語まで生まれた。「オペラでは現在も、製品開発時には分析に多くの時間を割き、女性から直接ヒアリングする機会を必ず設けています。これは、実生活から立ち上がってくるリアルなニーズを逃さずに汲み取るためです(製品開発チームメンバー)」
斬新なアイデアが反映された「スリムライン」
昭和 38 年には、カラフル口紅を高級化した新しいテーマの口紅、「スリムライン」を発売した。本品には当時では珍しい様々なアイデアが生かされている。例えば、女性の唇の角度に合わせて 30 度にカットされた先端、アルミを使用して軽量化したケースなどだ。女性の毎日に自然に溶け込むように計算された、前衛的かつ意欲的なシリーズである。

世間を圧倒した「101 色口紅」
オペラ口紅は、品質の良さと色数が多いことで知られていた。そこで次は圧倒的な色数で世間を驚かせようという戦略が取られた。その色数は、なんと 101 色。各メーカーとも口紅は 15 色程度のバリエーションが平均的だった時代。101 色の口紅が整然と並ぶディスプレイを作れば、世の中に大きなインパクトを与えると予想した。実際のところ、全国展開で全てのカラーをディスプレイできる店舗は限られてはいたが、101 色のカラーレンジを表現する研究開発力、ユニークな広告表現などから、当時の意欲的なクリエイティビティを感じ取ることができる。

新素材を応用したアイライナー
昭和 39 年には「カラフルアイライナー」が発売された。これは、従来のオイルやワックスで作られた製品とは発想が全く異なり、新素材の高分子材料を応用して開発されたものだ。また光をおさえたマットタイプという点においても、業界初だった。当時若い女性の間では目の周りのメイクが流行していたため、市場のニーズにもフィット。口紅だけにとどまらず、“アイメイクのオペラ” という評価を強めることにも役立った製品である。このようにオペラの絶妙なバランス感覚は、脈々と受け継がれている歴史に裏打ちされたものであることがわかる。その時々の女性のニーズを確実にキャッチし革新的な製品を生み出す姿勢は、現在のオペラにも通ずる、言わばブランドの真髄だ。オペラは移りゆく時代の温度感や流れをしっ かりと受け止めながら、そのエモーショナルで曖昧な価値観を噛み砕き、今現在の気分にマッチするリップへと昇華しているのだ。
製品開発ポリシーとこれから
オペラが愛される理由のひとつに、女性の小さなニーズを大切にすくい上げて製品に反映する発想力が挙げられる。製品開発に対する想いと、今後目指すブランドのあり方とはどのようなものだろうか。
女性の感情に寄り添う製品づくり
オペラを語る上で外せないのは、“時代の動きと女性の変化に対応する柔軟性” と、“感性に訴えかけるコミュニケーション” だと言えるだろう。これらが絶妙に重なり合うことにより、その時代その時代の女性たちのアンテナに引っかかりを与え、感性に訴えかける。ブランドの歴史を振り返ってみても、このような姿勢は過去から現代まで一貫しているポリシーであり、多くのシーンでリンクしていることが分かる。
キャッチコピーや製品の色を説明するキャプションも、論理的なものではなく情緒的で心に響く。正解を押し付けるのではなく、受け取る人の感性に委ねているのである。
「もちろん時代は変化していますし、メイクアップの観点でも男女ボーダレスな社会に近づいているとは思います。しかし、一方で女性にとってリップメイクが大切なステップであるということは普遍的なことだとも感じています。口紅をひと塗りすることで心にスイッチが入り、その積み重ねによっていつの間にか毎日が変わっていくのかもしれません。女性が化粧品に対して画期的で最先端のものを望んでいるのかと聞かれると、けしてそれだけではないと思います。“今よりちょっときれいになりたい” とか、“素敵な色のリップを集めたいな” とか。大切にしているのは、日々のリアルでかわいい欲望に応えていくことです。毎日の小さな希望を満たすことで幸福感が広がっていくという女性の物語が、オペラの根底には流れていると思います(製品開発チームメンバー)」
1959
昭和34年発売のカラフル口紅につけられた斬新なコピー
ヴァージニアピンク — 初恋の色なつかし
アイルランドローズ — 夢見るバラ胸せまる
ピンキッシュモナコ — 享楽のピンク
フレンチピンク — シャンソンと恋とパリ娘
カリホルニアオレンジ — 太陽のハイティーン

メイクアップは決して義務的な単純作業ではなく、女性の感情にピタッとくっついているもの。オペラは、女性たちのささやかな欲望を肯定し、毎日がさりげなくハッピーであるよう、手に取りやすいラインナップで応えてくれるのだ。
ブランドリニューアルとこれから
現在、オペラの製品開発は開発担当者と研究者のチームで密なコミュニケーションを取りながら行われている。開発者の思い描くイメージやコンセプトを具現化するため、試行錯誤を繰り返しながら、最後まで妥協しないものづくりを続けているのだ。「今現代のトレンドをキャッチし、いかにタイムリーに反映するか、さらに普遍的なニーズもいかに辛抱強く追えるか。この2軸の両立に努めています。色も使用感も、ギリギリまでパターンを出すので、締め切り間近に大きく方向転換することもあります(製品開発チームメンバー)」
今春にはオペラ全体がフルリニューアル。新しい時代の空気感を取り入れたブランドへとアップデートする。
「リニューアルにあたっては、流行ではなく、オペラの根本的な DNA に立ち返った上で、私たち独自の世界観を表現したいと考えました。環境が変わっても流されない価値観を持ちながら、自分らしく時代にアジャストする女性の姿はとても粋ですよね。私たちもそんな、芯がありながらも柔軟なブランドでありたいと思います。また、東京オリンピックなどもあり、様々なことが刻々と変化している今だからこそ、日本人女性の感性に響く美意識を改めて反映していきたいと思っています」
2019
2019 年5月にリニューアルするオペラ シアーリップカラー RNのカラーコピー
ピーチピンク — 桃のようにやわらか 愛されピンク
チェリーピンク — ブルーニュアンスがキュンとさせるピンク
ママレード — 果実を煮詰めたようなメロウなオレンジ
ベージュピンク — 繊細ラメの光る、イイ女のためのベージュ
モーヴレッド — 青みを差したミステリアスなレッド

オペラは紆余曲折がありながらも、100 年という年月を駆け抜けてきた。消して派手なアプローチではないが、唯一無二の存在として常にそばに置いておきたいコスメ。オペラはこれからも時を超えるブランドとして、女性の毎日に彩りを与え続けてくれるだろう。
Text SHIHO TOKIZAWA
参考文献 「あゝ浅草オペラ 写真でたどる魅惑の「インチキ」歌劇」(小針 侑起著)
こちらの情報は『CYAN ISSUE 021』に掲載されたものを再編集したものです。