四谷4丁目の交差点を見下ろすように、その角に位置する “月の店” もとい『MOON mica takahashi COFFEE SALON』。街中の喧騒から隔離されたかのように、そこには静かで凛とした空気が流れている。パリのアパルトマンを思わせる小さなお店じゅうに漂うコーヒーの香り、時々パンの焼けた香ばしい匂い。
パリの蚤の市で見つけたエプロン

店主の高橋美賀さんは、たびたびフランスを訪れては蚤の市やマルシェでの “出会い” に魅了されている。丁寧に使われた形跡のあるブロカント、季節の食材を使ったお菓子のアイディア……。それらは店づくりの大切な要素になっているようだ。
「大人になってから旅したフランスでの影響は大きいです。それから、上京して出会った友人の中にも、お菓子作りが得意な子が多くて、彼女たちから教わったりしました。フランスや東京で出会った人たちのおかげという感じです。」
看護師として働いた後、雑貨屋とアパレルでの勤務を経験した高橋さん。コーヒー屋の店主を志すまでの経緯をうかがうと、ここにもたくさんの “出会い” があった。
パリで見つけたメダイたち

「雑貨屋時代の元上司が、仕事を辞めて、喫茶店をはじめると言って地元の京都へ戻りました。開いたお店を訪ねたら、そのお店にものすごく感動して。そのうち、東京でも店を開きたいということもきいていました。飲食経験はなかったものの、さまざまな接客業にはついていたので、じゃあそれ私やりたいです!という流れです。ちょうど何かお店をはじめたいとぼんやり思い始めていた時期でした。」
こうして『MOON FACTORY COFFEE』と高橋さん自身が名付けた三軒茶屋のお店にて、雇われ店主として、初めての飲食の仕事をスタート。その中で、いつかは独立して自分の店を持ちたいと思うようになった。しかし、忙しい東京での日々に疲れを感じ、一度地元山形に帰ることに。
「今後どうしようかなと、かなり疲弊して山形へ戻り、すぐに向かったのが『オーロラコーヒー』。その方が三軒茶屋の店に来てくれていたそうで、私のことを覚えていてくれていたんです。疲れて地元に戻ってきたことを話すと、“そうですか、本当にお疲れさまでした ”と労ってくれて。心からの優しさを感じて涙が出ました。いつか自分のお店をはじめられたら、この方にブレンドを作ってもらおうと思いました。
それから、同じ頃に、20 代の頃からずっと通っていた栃木・黒磯の『1988 CAFÉ SHOZO』で住み込みで働かないかと誘っていただいたことも大きかったです。オーナーの省三さんは、言葉や立ち姿が私のいちばんの理想の方で、省三さんのもとで働かせていただいたことは夢のような経験でした。ポロっと省三さんがこぼした “自分が美味しいと思うものや心地よいと思う空間を、お客様も同じように思ってもらえるのって、すごく幸せなことだよね” というお話にとても心打たれ、自分の店を持つという決心をするきっかけになりました。」
名前が刻まれた「有次」のナイフ

再び東京に戻ってきた高橋さんは、参宮橋でスペースを間借りしての営業期間を経て、2018 年6月、晴れて『MOON mica takahashi COFFEE SALON』を今の場所にオープン。オーロラコーヒーによるブレンドもきちんと “月の森の雪” という名前でメニューに存在している。
「最終形で全部がお気に入り」という今の店は、さまざまな経験の中で残った必要なものだけが集められた空間だ。
「いつも “すきま” を作っています。とても素敵なコトや人、モノがはいってきやすいように。要らないものも上手く手放すこともしています。だからお店もこれくらいの大きさでよかった。好きなものがいつも視界にあって、皆さんが美味しそうに、穏やかに過ごしているのを見渡すことができます。」
“ふと、思い出してくれたらいい”
月みたいに見守ってくれている存在と伝えると、「まさにその言葉!」と高橋さんは声を弾ませた。
「月って気づかないけど、ふと夜空を見上げると居てくれる。そんなさりげない存在が理想。毎日、毎週寄らなくてもいい。満ち欠けて変化する月も、女性の心と似ているんです、その時の気分で来てくれればいい。目立たなくていいから、たまに会いたいなと思ってもらえるくらいの人でいたいです。
月は女性の象徴で、ここで月のサインでお店をやっているから、女性がたくさん集まってくるのかな。私ももともと頑張っている女性がひと息つくための店を作りたいと思っていたんです。いい空間とコーヒーとおやつで、日々のいろいろを消化し、やさしい心になって、お家に帰ってもらえるような場所を描いていて、本当に今そうなってきているから、叶うんだなと思います。
“あまやかしのおやつ” として愛される

用意された自分の人生の道の一つ、みたいなものがなんとなくわかってきたところです。タイミングが合わなかったものは、執着を捨て、ご縁がなかったと頭をシフトするような考え方で生きていくと、とても楽。無理しなくても、目に映ることを直感で信じ、流れに身を任せて、過去にも囚われないようになれば、本当にいい方向に導いてくれるんだなと。」
このお店をしている今がいちばん幸せ、そしてこれからの人生もとても楽しみと言い切る。出会いや運命に導かれ、宝物をすべて表現できる場所を見つけたという高橋さんは、その宝箱の中でもひときわ輝いていた。
Photography YUYA SHIMAHARA
Edit & Text TOKO TOGASHI
こちらの情報は『CYAN ISSUE 023』に掲載されたものを再編集したものです。