無機質な空間と対比するように並ぶ、色とりどりの花々。扉を開けた瞬間広がる光景に圧倒される。
松陰神社前駅からほど近くに店を構えるduft。オーナーの若井ちえみさんはユニークな経歴の持ち主だ。
「幼い頃は、よく絵を描いていました。両親が映画好きで、わたしも洋画やアニメなどたくさん観て育ちました。転勤族だったのですが、小学校から25歳で上京するまで北海道で過ごしました。地元を離れてから改めて自然にすごく力をもらっていたんだと感じます」
ギャラリーのような店内

映画好きが高じて特殊メイクの世界に興味を持ち、美容専門学校へ。一時は美容師として働くも、本当にやりたいことを探すため、退職。複数掛け持ちしていたアルバイトのひとつが花屋だった。
「当時アルバイトをしていたお花屋さんは、地域の方に愛され幅広い年代の方があくるお店でした。お花の種類を覚えたり植物が成長していく様子をみることができたり、楽しさがいろいろあって。この仕事なら続けていけそうだと思いました。そんなとき、たまたま雑誌で東京の花屋特集をみかけ、取り扱う植物の種類やつくられているものの違いに衝撃を受けました。そして、東京で暮らしていた友人を頼り、家も仕事も決めずに上京することになりました」
バウハウススタイルのパーツ

東京で働きはじめた若井さんの就職先は大手の花屋だった。
「個人店をいくつかまわりましたが決まらず、大手に入社。札幌時代とは仕事の量も流れも異なり、はじめは戸惑いもありました。それでも学べるものは多いと感じ、腹をくくって働くことに。1年くらい経った頃、上京したての頃に訪ねたお花屋さんのオーナーが一緒に働かないかと声をかけてくれて。それが次に働くことになった中目黒のfarverです。
オーナーは独立できる人を育てたいと思っている方で、偶然にも元美容師。『美容師は指名制があるのに、花屋にはそういう制度がないから、個々にお客さんがつくくらいスキルを持っている従業員を増やしたい』とおっしゃっていました。farverで学んだことが現在のベースになっていると思います」
“花を飾ることの楽しさをより多くの人に知ってもらうことが何よりの喜び”
3店で5年ほど経験を積み、2016年、duftをオープン。念願の独立を果たした。店名の “duft” はドイツ語で “香り” という意味を持つ。
「美術館にいるときの、すっと背筋が伸びるような感覚が好きで。そんな空気感を店名に漂わせたいと思っていました。女性的すぎず凛とした響きの言葉を探して、偶然辿り着いたのが “duft” という言葉でした。
実は上京する前、ドイツに3ヶ月ほど滞在していたことがあって、現地のお花屋さんを見てまわっていたんです。そのときに驚いたのが、近所の人たちがとても気軽にお花を買っていたこと。私がお店をやっている理由は、日本でもこういう光景が当たり前になってほしいから。もっとたくさんの人にお花を飾る楽しさを知ってもらい、花を飾るという行為が特別なものではなく日常になるように、その魅力を伝えていきたいです」
国内外から仕入れた花瓶

最後に、今後の展望について伺った。
「現場に立ち、第一線にい続けることを忘れたくないと思っています。独立した当初は、前にいたお店の二番煎じのようなことしかできなかったのですが、その分、duftらしさについて考えてきました。ブレそうになるときに思い出すようにしているのが、このお店のこと。自分の好きなものやこだわりがつまっているので、原点に立ち返ることができるんです。お花は置かれる場所によって見え方が変わるもの。その背景や見せ方についても提案していけたらいいなと思います。
生活に豊かな彩りを

そして、花屋を訪れる多くの人に伝えたいのが、気になったお花を自信をもって選んでいただくということ。お任せではなく、ぜひご自身で選んでみていただきたいですね。そうすることで、よりお花を飾る喜びを感じられると思います。
独立してから今まで続けてこられたのは、お客様がいてくださるからこそ。この先も通っていただけるように、duftらしさを大切にしていきたいと思います」
Photography MIE NISHIGORI
Edit & Text YURIKO HORIE
こちらの情報は『CYAN ISSUE 025』に掲載されたものを再編集したものです。