目黒川沿いにある、着物のお店「KAPUKI」。モダンでデザイン性の高い着物や浴衣、帯、かんざしなどが取り揃えられ、店内に入った瞬間に伝統的な着物屋のイメージが払拭される。店主の腰塚玲子さんに、お店ができるまでの経緯を伺った。
「主人がカメラマンで、“型紙シリーズ”という、着物を染める為の伊勢型紙を使ったアートワークを撮りためていました。それをご覧になった京都の着物問屋さんが気に入ってくださり、面白いことを一緒にやろうということになりました。それから、撮影に使った型紙を実際に着物にするため、着物ブランド“Elly & Oby”を立ち上げ、プロデュースを主人が手がけていました。2013年の春に、百貨店のイベントに参加したのですが、イベントの為につくった着物をおいていただけそうな着物屋さんが見つからず、『じゃあ、自分たちで着物屋さんをやってみようか』と言ったことが、KAPUKI をはじめるきっかけになりました。
タイミングよく女性が起業するための助成金の制度を利用することができ、お店を開けることになりました。当時は、着物が着られなかったので、毎日着物生活をすることから始めました」。

驚くことに、今では着物を美しく粋に着こなす腰塚さんも、KAPUKIを始める前は着物とはほどんと無縁な生活だったのだと言う。もともと洋服のスタイリストとして活躍し、結婚、出産を機にご主人のマネージャーとなった。
「いざ着物を着ることになり、いろいろと見て回りましたが、なかなか着たいと思うデザインや着こなしがありませんでした。もしくは手が出ない程、高額だったり……。なぜ、もっと気軽にファッションとして楽しめる着物がないのか疑問に感じ、KAPUKIではそういったことを意識した商品づくりやセレクトをこころがけています」。
腰塚さんの言葉通り、デニムやオーガニックコットンの着物など、店頭にはカジュアルに着られる着物が並んでいる。
「デニム着物は主人も私も1枚ずつ持っていたのですが、お店をやるのであれば、オリジナルでやりたいと思っていました。そこで、ずっと気になっていた目黒のFDMTLさんにお願いし、ダメージ、パッチワークという特徴をいかしつつ、ダブルネームでつくっていただきました。お客様にとって、着物をはじめる“入り口”になるような商品になればいいなと思います。
オーガニックコットンは、ずっと好きで愛用していたので、生地を使った着物ができたらいいなと考えていたんです。益久染織研究所さんの「着物縞」という生地との偶然の出合いと、仕立て屋さんのご尽力によって、商品化することができました」。

流れにのるように事が進み、2013年のイベントから約1年後には店舗がオープン。当時を振り返っても大変だったことはあまりない、と腰塚さんは語る。
「すべてにおいてラッキーでした。物件も割とスムーズに見つかりました。今の店舗がある中目黒と言う土地には、もともとあまり縁がなかったのですが、春には目黒川沿いに桜が咲き、着物に合う雰囲気かもしれないと思ったことと、都会の中でも自然が側にあることが心地よく、決めました」。

以前はスタイリストとしてファッションの第一戦で活躍されていた腰塚さん。東日本大震災によって価値観が一変した。
“流行りのものを纏うより、自分のスタイルをつくることの方が大事だということに気づいた”
「30代は子供中心で、少しファッションからは距離のある生活を送っていました。そんな中で震災が起こり『ものってなんなんだろう』『東京ってなんなんだろう』ということを改めて考える事になりました。ファストファッションが台頭し、洋服を買った一瞬だけを楽しみ、だめになったら捨ててしまうという風潮にうんざりしていた中で、主人が着物に携わり始めたことは、私の中でもとても大きかったのだと思います。着物は一生ものとは言えないかもしれませんが、糸をほどいて染めたり仕立て直したりすれば、またきれいな状態で着ることが可能です。着物は、わたしの価値観に合うものでした。
また、日本人として、大人として、この先どのように生きていきたいかを考えた時に、海外に目を向けるよりも日本のことをもっと知った方がいいのではないかと思いました。現代は着物を自分で着られない人が多いけど、KAPUKIのようなお店があることによって、少しでも興味をもってくれる人が増えればいいなと思います。流れにのってここまできた感じですが、様々なことを考えると、もしかしたら必然だったのかもしれません」。

店名「KAPUKI」の由来となった言葉、「傾く」。ご主人が江戸時代を中心とした服飾、染織史を専門とする大学教授からいただいたという「腰塚さん、かぶきつづけてくださいね」という言葉が、強く印象に残っているのだと言う。KAPUKIという店からは、隅々にその理念が感じられる。
photography YUYA SHIMAHARA
Edit & Text YURIKO HORIE
こちらの情報は『CYAN ISSUE 013』に掲載されたものを再編集したものです。