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 川のほとりに佇む日本家屋。ぶら下がった看板に目をやると「nishimokko」の文字が見えた。「どうぞどうぞ」と少し照れくさそうに迎え入れてくれたのは、オブジェや椅子、器などを制作している木工作家の西村洋一さんだ。ずらりと作品が並べられた打ち合わせスペースの奥に年季の入ったアトリエが見えた。

心が整う、居場所

時間がゆったりと流れているような錯覚に陥るアトリエ。「毎朝8時にここにやって来ます。娘に働く父の背中を見せたいじゃないですか」

 西村さんは長崎県の生まれ。物心ついたころから木材屋を営んでいるお父様の背中を見て育った。
「木が当たり前に近くに在る環境で育ちました。漠然と家業を継ぐのかな……という思いは抱えていたものの、祖母が木彫りをやっていたことで少なからず影響を受け、美術系の高校に進学しました。在学中は絵画やデザインなど幅広くアートを学びましたが、もっとも興味を持ったのが彫刻でした」

小学生の時につくった鳥のオブジェ

40年ほど経った今でも大切に飾っている、原点のような作品。「よく見ると、今も作風はさほど変わっていないような気がします(笑)」

 大学・大学院では彫刻を専攻。卒業後は就職をせず独立してやっていこうと決意するも、なかなか軌道に乗らず思い悩んでいた。そんな時に知り合いから誘いを受けて、家具屋で働かせてもらうことに。大学在学中から家具の制作は行っていたものの、実用性というよりもアート寄りの家具を制作することが多く、家具をつくる上での基本的な技術を学んだという。そして、家具業界に携わって13年ほど経ったころ “やっぱり自分の作品がつくりたい” という思いが抑えられなくなる。
「販売やお披露目などの明確な目的はなかったのですが、娘が寝静まったころから作品をつくる日々が続いていました。そのことを知った友人から唐突に『クラフトフェアまつもと』に出展してみたら?といわれたんです。調べてみると “これは!” と思いすぐに応募し、出展することが決まりました」

 そして、西村さんの木工ブランド・nishimokkoはついに日の目を見ることになった。
「実際に出展してみて、自分の作品を見て触ってもらうことがこんなにもうれしいものか、というのが率直な感想でした。新しい世界が目の前にパッと開けた感じですね。大学在学中も作品展などは行っていたのですが、それとはまた違う充実感で。来てくださる方とおしゃべりする、それだけでも楽しかったですね」

オブジェや器たち

「例えば、丸っこいオブジェは、娘がゆでたまごをつくるのに失敗して白身がぶちゅっと溢れ出た様子を形にしたものなんですよ」と西村さん

 出展を機に、nishimokkoの活動に軸足を移していった。
「nishimokkoを立ち上げた当初は、オブジェを中心に制作していました。コンセプトは “ゆげる”。これはぼくが考えた造語です。1人暮らしをしていたころにポットから立ち昇るゆげを見て、「これを形にしたい」と思い、“ゆげが上がる” を省略した造語を考えました。また、実際に目に見えるわけではないけれど、日常の中のちょっとした出来事によって心がふわっと温かくなる瞬間は “ゆげ” のような形をしているんだろうなと思ったのも “ゆげる” をコンセプトに掲げた理由のひとつです。ぼくがつくるオブジェはひとつひとつが思い出を形にしたものなんです。つまり “ゆげる” 瞬間を切り取った日記のような作品なんです」

“何げない日常の中の「楽しい」の一部になりたい”

 現在は生活をするうえで必要なものも制作したいと、器にも力を入れている。しかしその作品は、左右非対称だったりふにゃふにゃしていたり、一風変わった形のものが多く、使う前からわたしたちを楽しませてくれる。
「頭の中にふわっとしたデザインは思い描いているんですが、実際は木材ひとつひとつを見て触って、手を動かしながら仕上げます。木のそつを出したくないので、ひびなんかを避けていると自然とこんな形になるんですよ(笑)。実際丸みを帯びた形や突起などをつくるのは大変なんですが、“面白い” を優先して考えていると、頭の中で物語が完成し、思いもよらなかった形に仕上がっていくんです」

手に馴染んだ道具を使う

自らの手で研いだ道具を使い、木と対話するように作品を制作している。中には、彫刻をしていたお祖母様から受け継いだ彫刻刀も

 最後に、今後の夢についてもうかがった。
「いろんな場所で展示したいな、とは思いますね。国内外問わず、たくさんの人に作品を見てもらう機会を増やしたいです。それから、今後は家具も少しずつ制作していけたらと思っています。今の自分がどんな家具をつくるのか……未知の自分に出会えそうでわくわくしています」

Photography KIYOSHI NAKAMURA
Edit & Text ERIKA TERAO

こちらの情報は『CYAN ISSUE 025』に掲載されたものを再編集したものです。

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