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The Scene of PARIS - ÉDIMBOURG

淡いグリーンを求めて、想像の逃避行

Scene 1

 旅に出たい……、ここではないどこか。もっと広くて、もっと静かなところ。喧騒からかけ離れた、穏やかなところへ。

 夏が残っている。まだわずかににじむ汗を鬱屈とした気分と一緒に洗い流すように、冷たいシャワーを浴びた。すっきりとした身体に、たっぷりと惜しみなくこの淡いグリーンのオードゥトワレを吹きつける。最後に、淀んだ空気のこの部屋にもシュッとひと吹き。アロマティックな細かい粒子がシャワーのように降り注いで、ジュニパーベリーとサイプレスの生き生きとしたシャープな香りに身体がまるごと包まれる。すっと風が吹き抜けるような気がして、思わず大きく深呼吸をした。途端にわたしの意識は、遠く離れたスコットランドへと飛んでいく。まだ行ったことのない、壮大なカントリーサイドへの想像の旅。

 冷たくてキンとした香りは、グラスに注がれたジントニックを思い出させる。外で誰かと乾杯する機会はめっきり減ってしまった。汗をかいたグラスを傾げると氷がカランと音を立て、喉を落ちていく冷えた液体はジュニパーベリーのほんのわずかな苦味と甘味。もう一度大きく深呼吸して、ほんのり苦さを感じるフレッシュな香りに、まだ見ぬエディンバラの街角のバーで、そんなふうに誰かとジントニックを乾杯する夢をみる。

Scene 2

 「お酒のボトルみたいですね」とわたしが身につけているパリ エディンバラのボトルを手にとって、ある人は感想を述べた。ご名答だ。クリアで角が丸いボトルに、ダブルCが刻まれた黒いキャップ。特別な樹脂を用いたキャップは、はめるたびにカコンッとレトロな音を立てる。かつて人々は旅をするとき、スキットルという蒸留酒を携帯するための小さな水筒を、ベストやジャケットのポケットに忍ばせていたという。そのスキットルをイメージした、シンプルだけどエレガントなボトルは、なめらかでしっとりと手になじむ。「旅に連れて行けるように」という想いも込めて、ごく薄く軽いガラスで作られているそうだ。クリスタルのように透明なガラスのボトルの中で、スコットランドのカントリーサイドを映し出したようなグリーンのリキッドが揺れている。

 スコットランドといえば、まさにウイスキーの街。スコッチウイスキーの香りづけに使われるピート香が、このフレグランスの奥の方から穏やかに土っぽく匂い立つ。心地よいセダーやスモーキーなヴェチヴァー、静かに感じる温もりはヴァニラやムスク。シャープだった香りは、肌の上であたたかな香りに気づけば変化していて、どこか懐かしさもおぼえる。誰か自分を大切に思う人が貸してくれた、あたたかいジャケットに包まれるような安心感。この香りが肌になじむ頃、短い旅から帰ってきたような充足感と穏やかさに心の何処かが満たされている。

レ ゾー ドゥ シャネル パリ エディンバラ オードゥ トワレット 125mL ¥18,700 (CHANEL)

year : 2021
perfumer : OLIVIER POLGE
type : EAU DE TOILETTE
notes : Juniper berry, Cypress, Cedar, Peat incense, Vetiver, Vanilla, Musk

Behind the scene of PARIS- ÉDIMBOURG

ツイードジャケットのような心地よさを纏って

 2018年に誕生したレ ゾー ドゥ シャネルは「香りへの旅」をテーマにしている。旅へと向かう列車を彷彿させ、その行き先の空気感を肌で感じられるような香り。フレグランスの名前は、出発点としてのパリと、その列車の行き先によって構成されている。わたしたちは旅人。生活をするという視点ではなく、旅人という視点から土地を捉えて表現しているため、想像とロマンスに溢れているのだ。

 それでいて、処方はとてもシンプル。シンプルシティを追求したコレクションは、柑橘系の香りを全体のコンセプトにしており、その範囲の中でそれぞれ個性が与えられている。トップ、ミドル、ラストといったノートの区別も、シャネルの他のフレグランスほど区別されておらず、流れる水のように時間とともに移り変わる様子を感じることができる。パリ エディンバラは、一見クールな印象ながら、その奥に秘めた温かさや癒しのトーンをあわせ持つ。スコットランドのカントリーサイドに流れる、活力漲るフレッシュな空気とやさしい心地に身を委ねるような気持ちにさせてくれる。

 では、旅人にとって、つまりここではガブリエル シャネルにとって、スコットランドはどのような土地だったのか?時は1924年。彼女は、1930年まで恋愛関係にあったウェストミンスター公爵を通じて、スコットランドに辿り着く。社交界から遠く離れて壮大なカントリーサイドに逃れ、陽光を浴び、見渡す限りの緑に囲まれ、再び活力を得た。そして、この地で目にした、イギリスの貴族階級がアウトドアレジャーを極める際の服装がいくつものインスピレーションソースとなる。タータン、ウールのベレー帽、そしてツイードのジャケットなど、すべて実用性に富んだ衣服はエレガンスと快適さという点で、彼女の好みにぴったりだった。彼女はクリエイションの中でそれらを再解釈し続け、今やシャネルのスタイルの象徴的な一角をなしている。

1928年-ガブリエル シャネルとウェストミンスター公爵。公爵所有の“カティ サーク号”の船上にて。

 スコットランドで得た彼女のインスピレーションを、第4代目専属調香師オリヴィエ・ポルジュはこの「男性のワードローブから借りたツイード ジャケットのようなフレグランス」と自らが評するパリ エディンバラに昇華する。英国人男性が好むオードゥ コローニュを再構築するように、植物のアロマティックな香りをよりモダンに仕上げた。洗練されたモダニティと透明感のある作品を得意とする彼の持ち味が、存分に引き出されている。

 シャネルの専属調香師についていえば、新しいクリエイションを生み出すことだけが仕事ではない。過去のレジェンダリーフレグランスを受け継いでいくことも大事な役割のひとつ。今年シャネル N°5が生誕100周年を迎えたことがその証明であるように、『香りの番人』として代々受け継がれるレシピを守り続けている。オリヴィエ・ポルジュは、2015年の就任以降この任務を全うしながら、精力的に新たな作品をクリエイトしている。

 パリ エディンバラは、彼とシャネルの17番目の香り。流れていく時代の中で、生まれたフレグランスは、今まさにわたしたちが求めるもの −たとえば逃避行のような−。この香りがあれば、軽やかに、どこにでも行けるような気がする。

Other Items

流れゆく水のような香りの変遷

軽くさわやかな「オー フレッシュ(=フレッシュな水)」としてデザインされたレ ゾー ドゥ シャネル。オリヴィエ・ポルジュは、このコレクションに穏やかでリラックスした気分を求め、特別な機会に限らず、日常の中で纏うのにふさわしい香りをつくりあげた。

PARIS-BIARRITZ

【PHOTO : ©️CHANEL】レ ゾー ドゥ シャネル パリ ビアリッツ オードゥ トワレット 50mL ¥12,100 / 125mL ¥18,700 (CHANEL)

year : 2018
perfumer : OLIVIER POLGE
type : EAU DE TOILETTE
notes : Grapefruits, Mandarin, Lily of the valley, Vetiver

南西部の港町ビアリッツは、1917年にガブリエルがクチュールハウスを開いた場所でもある。そこは海の景色が見える、スポーツで過ごす休暇のスタート地点。コレクションの中でも、もっとも水を感じさせる香りだ。グレープフルーツとマンダリンのトップノートが、アクアノートとスズランのアコードに包まれ、ヴェチヴァーが寄り添ってくれる。

PARIS-DEAUVILLE

【PHOTO : ©️CHANEL】レ ゾー ドゥ シャネル パリ ドーヴィル オードゥ トワレット 50mL ¥12,100 / 125mL ¥18,700 (CHANEL)

year : 2018
perfumer : OLIVIER POLGE
type : EAU DE TOILETTE
notes : Orange, Basil, Rose, Jasmin, Patchouli

ノルマンディ地方のリゾート地ドーヴィルは、1912年にガブリエルが初めてブティックを開いた土地である。ワイルドで背の高い草が生い茂る草原の中を散策した遠き日のノスタルジック。いきいきとしたオレンジの果皮とバジルの葉のあとに、ローズとジャスミンが続き、やがて懐かしさに包まれたほのかなシプレを感じるパチュリが響きわたる。

PARIS-VENISE

【PHOTO : ©️CHANELO】レ ゾー ドゥ シャネル パリ ヴェニス オードゥ トワレット 50mL ¥12,100 / 125mL ¥18,700 (CHANEL)

year : 2018
perfumer : OLIVIER POLGE
type : EAU DE TOILETTE
notes : Red berry, Iris, Rose geranium, Cedar, Amber, Vanilla

1920年代、最愛の人ボーイ・カペルを亡くし悲しみにくれていたガブリエルは、友人とともにヴェニスを訪れた。西洋と東洋の文化が入り混じった街は、彼女のその後のクリエイションにも影響を与えたという。レッドベリー、アイリスなどの温かみが、セダーや、わずかにアンバーやヴァニラに彩られたオリエンタルなノートの中に香り立つ。

PARIS-RIVIERA

【PHOTO : ©️CHANEL】レ ゾー ドゥ シャネル パリ リヴィエラ オードゥ トワレット 50mL ¥12,100 / 125mL ¥18,700 (CHANEL)

year : 2019
perfumer : OLIVIER POLGE
type : EAU DE TOILETTE
notes : Jasmin, Neroli, Orange, Petit glen, Sandalwood, Benzoin

太陽がいっぱいのコートダジュールへの逃避。1920年代、アーティストが集まるバカンスの場であり、ガブリエルも楽しい思い出のある場所。ジャスミンやネロリといった地中海の花々が輝き放ち、さらにオレンジの果皮とプチグレンの陽気なみずみずしさがはじけていくと、やがてサンダルウッドやベンゾインの優しさが包んでいく。

Photography : YUYA SHIMAHARA
Edit & Text : TOKO TOGASHI

こちらの情報は『CYAN ISSUE 030』に掲載されたものを再編集したものです。

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