about
「漆器」とは、漆の木から採取した樹液を塗り重ねてつくる器のこと。中でも「京漆器」は、平安時代に唐から伝わった蒔絵のもとになる技法を使い、王朝貴族の装飾品から室町以降の茶の湯の文化とともに栄え、本阿弥光悦や尾形光琳など数多くの名工を輩出してきた。
美しい京漆器の伝統を受け継ぐ、象彦。その歴史は今から遡ること356年、寛文元年(1661年)に象彦の前身である象牙屋が開舗することに始まる。
朝廷より「蒔絵司」の称号を得た三代目、彦兵衛が晩年に描いた蒔絵額「白象と普賢菩薩」が洛中で評判となり、この額は、象牙屋の「象」と名匠・彦兵衛の「彦」の字をとって「象彦の額」と呼ばれた。このときの通称を引き継ぎ、今日に至っている。
四代目の彦兵衛は仙洞御所(退位した天皇または上皇・法皇の御所のこと)の御用商人をつとめ、六代目は風流の道に通じ数々の道具を制作。八代目は明治から大正、昭和にかけて活躍し、海外への漆器の輸出を行い漆器貿易の先駆者と呼ばれた。また、京都蒔絵美術学校を設立し、職人の育成にも貢献した。
2009年に株式会社となった現在も当主をつないでおり、高級品のみならず、日常にも溶け込む上質の食器やインテリアなどを幅広く展開。2015年には新ブランド「一六六一」を発表。蒔絵の工程のひとつである「置目」(下絵を美濃和紙に描き漆面に転写する方法)に現代の感性を加え、親しみやすい形に落とし込んだ商品を提案。さらに、国内だけでなく海外企業やクリエイターとのコラボレーションも積極的に行い、漆器の魅力を世界に発信し続けている。
漆器制作には、木地づくり、下地、塗り、蒔絵など、多くの工程が存在している。それゆえ、ひとりの職人が最後まで作り上げることは稀で、ほとんどは複数の職人が分担して行っている。木地をつくる「木地師」、塗りを行う「塗師」、蒔絵を行う「蒔絵師」などが主なところで、それぞれが技を極める為に、膨大な時間を費やす。

木地づくりは、漆器のベースとなる木を乾燥させるところからはじまる。やり直しがきかない削りの工程は、同じ形に仕上げるのに長年の経験による勘と卓越した技術が不可欠になる。
漆は強い接着力を持つため、木地を丈夫にするが、色によって硬さが異なるため、塗りの力加減を微調整しなくてはならない。特に白漆はほかの漆に比べて固さがあり、刷毛目も目立ってしまうため、扱いにくいとされている。

蒔絵は、漆で絵や文様を描いた後、固まらないうちに金粉や銀粉などを蒔き、器面に定着させる技法。特に、貝を使ったものを「螺鈿らでん」、金銀の薄板を使ったものを「平文ひょうもん」と呼ぶ。漆が乾くまでの限られた時間で、細かな作業を行わなくてはならないため、技術はもちろんのこと、集中力も要求される。
Crafts
片身替白檀 ボウル

箔の上から「溜漆ためうるし」(褐色の透き漆)を塗った、びゃくだんぬり白檀塗りのボウル。朱と金のまっすぐなラインは高い技術があってこそ表現できるもので、熟練の職人の手によって一つひとつ仕上げられている。控えめながらも上質な煌めきを放ち、角度や光によって見え方が変化。長く使うことで鮮やかになり、色合いの変化が楽しめる。モダンなデザインで、和食のみならず洋食にもマッチする。
十二ヶ月冷酒杯シリーズ

日本の季節の魅力を伝える「十二ヶ月冷酒杯シリーズ」。一つの木地から削り出しているという酒杯は、繊細で美しい持ち手が特徴。一月から十二月まで、その季節らしさが表現されている。八月は大輪の向日葵が、十二月には雪華文様が、大胆な構図で箔と色漆により描かれている。
蕾カップ

なだらかな曲線が美しい、手のひらサイズのカップ。漆ならではの色の深さと上品な光沢、軽さ、丈夫さを持ち合わせており、日常使いにもぴったり。内側は塗るのに技術が必要とされる白漆で仕上げられている。
Photography KENGO MOTOIE
Edit and Text YURIKO HORIE
こちらの情報は『CYAN ISSUE 013』に掲載されたものを再編集したものです。