おしゃれなカフェが立ち並ぶ、福岡県の薬院エリア。その中でも一際賑わいを見せているのが、バリスタの頂点を決める「ジャパン バリスタ チャンピオンシップ」で2014年から2年連続優勝し、2016年の世界大会では見事準優勝に輝いた岩瀬由和さんが代表を務める「REC COFFEE」だ。
REC COFFEE薬院駅前店

岩瀬さんとコーヒーとの出会いは、幼少期まで遡る。「ぼくの生まれが、モーニング文化の発祥地といわれている愛知県なんです。日曜日の朝には必ず父に誘われ、喫茶店について行っていました。当時は、コーヒーが美味しいとは全然思ってなかったですけどね(笑)」。当時の岩瀬さんにとって喫茶店とは、コーヒーを飲む場所ではなく、父とのコミュニケーションをとる場所という意味を持っていたという。
しかし、転機となる出来事が待ち受けていた。「ぼくが高校生のころ、カナダに留学していた兄に会いに行ったのですが、待ち合わせ場所が当時はまだ日本に上陸してなかった『スターバックスコーヒー』だったんです。インテリアはもちろん、訪れている人たちも込みで完成されたおしゃれな空間に衝撃を受けました。日本第1号店となる銀座にオープンした時には名古屋から駆けつけ、まんまとスタバの虜になっていましたね。ただ、味がどうこうというより、いちスタバオタクという感じでコーヒーの品質については全然理解していませんでした」。しかし、それからというもの“カフェ”という場所にすごく興味を持つようになり、名古屋市内や東京に行ってはよくカフェに訪れていたのだという。
カッピング用スプーン

そして高校卒業後は、愛知県内の福祉大学に進学。そこで出会ったのが、REC COFFEEの共同経営者・北添 修さんだという。「入学してすぐに“福祉はとても素晴らしい仕事だけど、本当に自分がやるべき仕事なのだろうか……”と悩んでいました。そんな時に、同じ思いを抱えていた北添と出会い意気投合。大学を卒業したら2人で面白いことをやろう!という計画が進み始めました」。
しかし勝負の場は地元ではなかった。2人で全国をまわった中で福岡が気に入り、移住することを決めたのだという。「街を観察していても、百貨店ではなく各々がお気に入りの路面店で買い物し、とても感度が高いように感じました。当時、ファッション誌の地方スナップ特集を見ていても、目につくのはなぜかいつも福岡の人だったんですよね。縁もゆかりもない土地でしたが妙に居心地がよく、ここで勝負しようと決心しました」。しかし、移住後の道のりは決して平坦ではなかった。「実は、2人で何か面白いことをしようと意気込んではいたんですが、何をするかは決めてなかったんです(笑)。移住してからは色んなアルバイトをしました。ただ、どれもしっくりこなくて、思い出の節々に“コーヒー”というキーワードがあったこと、そして当時は家でも道具を揃えるほどコーヒー好きになっていたことから、福岡のコーヒー界を牽引して来た『manu coffee』に、働かせてください!と乗り込んだんです。無事に採用されたものの、スタッフ募集をしていたわけではなかったので週1〜2日ほどしかシフトに入れませんでした。けれど、どうしてもコーヒーの勉強をしたかったので、深夜のアルバイトを掛け持ちしながら、毎日勉強のために出勤していました」。そして、岩瀬さんの気持ちにますます火をつけたのが、豆の品質の良し悪しを客観的に判断する“カッピング”をスタッフ全員で行った時のこと。「1番おいしいと感じるものをスタッフがそれぞれ選ぶのですが、ぼくがおいしいと感じたものは誰も選びませんでした。ただコーヒーが好きというだけで、品質についてはまったくの素人だったんです」。そのことが、岩瀬さんの心を大きく動かした。「もっともっと勉強しないといけないな、という思いと同時に“これだ!”と思ったんです。コーヒーって、年齢や経験に関係なく“本物”を扱うことができる商材だな、と。例えば肉や魚などの場合、本物に触れるためには金額的にもちょっと頑張らないといけない、すなわち、ある程度年齢を重ねなければいけない。けれど、コーヒーの場合は本物とそうでないものも同じくらいの値段で混在しています。そこに魅力を感じ、“一緒にコーヒー屋をやろう!”と北添に連絡しました」。
掃除用ブラシ

そして、約350万円かけて移動販売用のトラックを購入し、2008年4月REC COFFEEを開業。「移動販売なのに本格的な味を追求している、というギャップを狙っていました」と話す通り、いい意味で客の思い込みを裏切り話題となった。
“豆の味わいが凝縮された 『本物』のコーヒーを これからも追求し続ける”
薬院駅前店のスタッフ

その後、2010年に「REC COFFEE 薬院駅前店」をオープン。すでに周辺では認知度のあったREC COFFEE。しかし最初から順風満帆ではなかったのだという。「オープンしてしばらくは赤字続きでした。移動販売の場合、3〜4人も並べばすごく繁盛店のように見えますよね。でも、店舗の場合はその何倍ものお客さまが座ることができますからね」。それからは信念を貫くべく、競技会にも挑戦しながら「本物のコーヒー」を出し続けることにこだわった。「日本大会には2010年から出場してきました。優勝を目指すというよりも大会に魅力を感じていました。コーヒーへの探究心も忘れられずにいれるし、モチベーションも上がる。そして、何よりコーヒーには正解がありません。だから、正当に順位が付けられたり、客観的に評価してもらえることも大きかったですね」という。
現在は、薬院駅前店も含め計3店舗展開しているREC COFFEE。今後は、さらなる店舗展開をしていきたいのだという。「福岡は、本物を見分ける目を持ちながらも、人口が少なくて単価が低い特異な街です。そんな中でしっかりともまれて来たREC COFFEEだからこそ、次は外にむけて展開していけたら面白いかな、と思っています」。
Photography KIYOSHI NAKAHARA
Edit & Text ERIKA TERAO
Text SHIORI YAMAKOSHI
こちらの情報は『CYAN ISSUE 015』に掲載されたものを再編集したものです。