アトリエに足を踏み入れた瞬間、香月さんが美しいと思うもの、影響を受けてきたものが少しだけ理解できた気がした。母親と共同で使っているというそのアトリエはどこを見渡しても、何気なく置かれた品々が不思議な存在感を放ち、調和し、そして自然体なのに様になる。
「3歳の頃に今の家に引っ越してきたのですが、その頃から母がこのアトリエで絵画教室をしていました。ものをつくって遊びながら育ったので、私にとって何かつくるということは、自分に戻れる、根底にある行為なんです」

香月さんが初めてアクセサリーを作ったのは、小学生の頃。気に入ったビーズを組み合わせ、指輪やブレスレットを作り、自分で身につけたり、友人にプレゼントしていた。「小学5年生のときに、父の仕事の関係でイギリスに引っ越しました。言葉や文化が違う土地でも、人とのコミュニケーションの突破口になっていたのが、絵を描くことやアクセサリーをつくることでした。当時のイギリスはパンクブームで、アーティストが手作りのものを売っているマーケットがたくさんありました。今は観光客も多いカムデンマーケットですが、当時はモヒカンや髪の毛にビニールをつけている人がいたりして、幼い私にはとてもかっこよく映りました」
中学3年生までイギリスで過ごした香月さんは、進学のためニューヨークに引っ越す。高校で寮生活が始まった。
「アメリカに引っ越してからも、ものをつくることを続けていましたが、寮に入ったことが看護の道へいくきっかけになりました。一緒に生活するので友人との距離がとても近くて、夜通し人生について語り合うこともありました。とにかくいろんな人がいて、いろんな考えがあって、それがおもしろかったです。寮での生活を通して、人間のことをもっと知りたいと思いました。私が身近で体験したことしか想像できなかったことと、人に対する興味があり、看護の道に進みました」
卒業後は大学病院で8年間働いた香月さん。実際に働いてみると、いい意味でのギャップに驚いたという。
「看護の世界は、根拠ベースで動くので保守的ですが、一方ですごくクリエイティブ。感性がないとできない仕事だなと思います。相手が人間なので、マニュアルに従うだけでは対応できないこともたくさんありました。働いてみて気づいたのは、病院には頑張っている人しかいないということ。まっすぐなエネルギーに溢れていて、患者さんはもちろん、ドクターも看護師もみんな必死になって頑張っている人ばかりでした。その経験を通して、人間っていいなぁという気持ちがますます強くなったことを覚えています。ただ、中途半端な仕事ではないからこそ、看護をライフワークにするかどうか少し葛藤がありました。今でも大好きな仕事ですが、一方で当時は『ものをつくりたい』という強い気持ちが常にどこかにある状態でした。社会に出て数年経ったとき、自分で0からジュエリーを作りたいという思いが捨てられず、専門学校で彫金を学ぶことにしました」
看護の仕事を続けながら、夜勤明けに学校に通う日々。学ぶことで、独学で制作していた頃に比べ、表現の幅も広がった。全く別の分野に思える看護とジュエリー制作だが、彼女にとっては、すべてが繋がっているのだという。

“ありふれた日常の中で、心が震えたことを丁寧に拾い上げ形にしていきたい”
「看護師をしているときも同じ感覚があったのですが、もともと身近で愛おしく思える『日常』が好きなんです。今の作品もほとんど日常が題材になっています。今回参加していたプロジェクトの集大成として立ち上げた『tiito』では、『あ、いいな』と思う瞬間を形にする試みを初めてできたと思っています。ブランド名は、イメージをつけたくなかったので、既存の言葉に当てはめず、無国籍で、ジェンダーレス、年齢不詳ということを意識しつつ、音で選びました。tiitoでは、奇をてらったものよりも、老若男女を問わずみんな感じているような季節の移り変わりだとか、光の影の美しさとか、そういった身近なものを形にしていけたらいいなと思っています」

さらに、作品を作り上げる過程について聞いてみると、意外な答えがかえってきた。
「自分がなんとなく思っていることを研ぎ澄ませていく作業を繰り返すのみです。はじめは思いつくことを書き出して、実際に形にしてみます。そうすると少し客観的になれたあとに、自分が何にときめいているのかが見えてくるので、今度はそれをもう少し形に起こしてみる。地道な作業の繰り返しです。アイデアはたくさん浮かびますが、形にする過程が一番難しいですね。答えを頭で考えてたり、何かに当てはめたりしたくなることもありますが、『なんとなく』の感覚に自分をできるだけ置いて、心が震える瞬間をちゃんとキャッチできるように、見て、感じて、触るということを繰り返します。そうすると、すごく時間がかかりながらもエッセンシャルな形になっていくんです。私はまだ感覚に素直になりきれていないので、もっと自分に正直になることを楽しめたらいいなと思っています。ものをつくるということは、丸裸にされるかのように、自分のすべてが出ることだと思います。だからこそ、日常を心穏やかに過ごすことを心がけています。旬のものを食べたり、好きな音楽を聞いたり、といった些細なことですが、自分に戻る方法を知って、落ち着くということがものづくりをする上でものすごく大切なことだと思います。これからも、感じたことをきちんと見逃さず、自分のペースで表現をし続けていけたらいいなと思っています」

Photography YUYA SHIMAHARA
Edit and Text YURIKO HORIE
こちらの情報は『CYAN ISSUE 018』に掲載されたものを再編集したものです。