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ブランドのはじまり

 メイクアップアートコスメティックス(M·A·C / Make-Up Art Cosmetics)は、1984年の3月にカナダのトロントで産声をあげた。創業者はメイクアップアーテイストであり、フォトグラファーのフランク・トスカンと、サロンオーナーで経営に長けたフランク・アンジェロの2人である。フランク・トスカンは自らモデルにメイクを施し撮影までこなす上で、クオリティの高い化粧品を求めた。そこで身内の化学者に知恵を借りながら、自宅のキッチンで独自にメイクアップ製品を作り始めたのである。それらを仲間のメイクアップアーティストやモデル、フォトグラファーに紹介していたところ、品質の高さからその噂はすぐにスタイリストやファッション・エディターたちに広まった。そして数多くの雑誌に取り上げられ、M·A·Cは瞬く間に人気ブランドとして成長を遂げた。
 M·A·Cでは初期のアイテムからすでに、人々のクリエイティビティを刺激するような個性的で完璧なラインラップが揃っていた。“口紅といえば赤”がお決まりだった時代に、ベージュやブラウンのようなヌーディカラーを取り入れるなど、そのアプローチは大変斬新でオリジナリティ溢れるものだった。また発色やクオリティも群を抜いていた。その証拠に、創業当初に作られたベストセラーアイテムの処方は、今も全く変わっていない。

フランク・トスカン

日本上陸

 カナダからスタートしたM·A·Cは、アメリカやイギリスなど世界中へ続々と進出を果たしていった。日本に上陸したのは1998年4月である。日本はアジアの中でもファッションセントリックな国であることからフランク・トスカンも一目置いていたため、その当時アジアにはなかったプロストアも百貨店出店と同時にオープンした。オープン時にはフランク本人も来日。オープニングイベントなども行われ長蛇の列ができるほど、毎日多くの人々が殺到した。
 「フランクは売り場は“お客様の舞台”であるという信念を持っていました。M·A·Cの店舗は単純に化粧品を買うだけの場所ではありません。売り場は、その時・その場を思いきり楽しんでいただくステージなのです。(M·A·C事業部 トレーニング部 トレーニングマネージャー岩崎知美さん)」
 M·A·Cは保守的なスタイルが良しとされていた時代に疑問符を投げかけ、コンサバティブだった化粧品業界に新しい風を吹き込んだ。当時、化粧品ブランドのほとんどは、接客マニュアルがあり、メイクステップも順番や流れなどが固定されていた。しかし、M·A·Cでは全てにおいてルールがなかった。どのパーツにどのアイテムを使ってもいいし、シャドウの組み合わせも自由。コーナーでは気分が上がる音楽が流れ、店頭に立つスタッフには制服がなく、それぞれが好きな服を纏った。髪型も髪色も全て本人の好きなように……。よって、店舗からは強烈な個性が溢れ出した。そしてこれらの大きなクリエイティブエネルギーは、“自分らしさ”を追い求め、彷徨っていた人々の胸を打ち、引きつけて離さなかった。「M·A·Cは“メイクアップ アート コスメティックス”の頭文字をとったものです。これは、“スタッフ一人ひとりが個性的でない限り、他人の個性はけして引き出せない”という信念が込められているからです。個性を大事にするということは、一人ひとりを尊重するということ。ですのでフランクは、あえて自分の名前をブランド名につけませんでした。現在もそのイズムを引き継ぎ、M·A·Cでは、店舗で働くスタッフを美容部員と呼ばずに、“マックアーティスト”と呼んでいます。それぞれがフリーランスのアーティストと同じように高いスキルを持ち、最先端のメイクを自分自身で噛み砕きながら発信し続けているのです」

日本1号店

ビハインドシーンを感じさせるアイテムたち

 当時化粧品のパッケージといえば、デコラティブだったり、女性らしい雰囲気のものがほとんどだったが、M·A·Cのそれはクールなブラック。またコンパクトではなく、ポットに入れるなど、大変粋で実用的なものばかり揃っていた。店頭のテスターは製品本体で、実物を実際に手にとることができた。圧倒的な色数であることも手伝い、ディスプレイは大変インパクトの強いものとなった。さらにアイテムには色番号ではなく、それぞれにストーリーを連想させるオリジナルの名前がつけられていた。今でこそ当たり前となったこれらの演出は、M·A·Cからスタートしたものである。こういった画期的な試みを続けるなかで、M·A·Cは必然的にカラー製品の権威として地位を確立していった。
「ベストセラーのリップスティックのひとつ、“ロシアン レッド”は【美しい女性】という意味。美しい女性が鏡に向かって色をのせている姿が連想できませんか。そういうビハインドシーンを思いながら、使ってみてほしいのです。ファッションと同じように、メイクにもテーマがあっていい。自分でメイクアップにストーリーを生み出し、遊び心を持って楽しんでみて。(M·A·Cシニアアーティスト 池田ハリス 留美子さん)」

M·A·C Best seller

特に人気を博しているアイテム。創業当時から変わらずあるものだ。

リップスティック(ロシアン レッド)マックの代名詞とも言えるほど、創業当時から大人気のリップ。現在200以上の色数がある。特に人気の高いのは、ロシアン レッド、チリ、モカ、チェリッシュ、マラケシュなど。「リップの付け方や色次第で、ビジュアルの持つ雰囲気はガラッと変わります。これだけ色数があるので、自分らしいカスタマイズをどんどん探してほしいです。繊細な違いを表現するためのテクスチャーや質感も揃ってます。

真実の美しさとは

 M·A·Cは人々やカルチャーの多様性を尊重しており、“全ての年齢、すべての人間、すべての性別”をモットーとして掲げている。個性と自己表現を何よりも大切なものとして捉えており、ドラァグカルチャーや演劇界の素晴らしいエッセンスをM·A·C店舗へと受け継がせた。今でこそ世の中はジェンダーレスなものになりつつあるが、デビュー当時、まだそこは秘められた世界だった。だからこそ、人々に与えた衝撃は測り知れないものがある。
「私は美しさはひとつじゃないということをここから学びました。美には、いろんな形があっても良いということです。M·A·Cには、人が理屈抜きで感じる、“かっこいい”“あぁなりたい”と思えるスタイルがあった。そして、自分もそこに近づけるのだという希望、夢を持つことのできる初めてのブランドだったのです。(池田さん)」
 現在M·A·Cのトップアーティストを務めるゴードン・エスピネーも、その信念通り、様々なことを柔軟に受け入れている。それぞれのタイプ、考えをメイクアップによって受け入れ、メイクアップを通じてコミュニケーションを測るのだ。M·A·Cは決して何かを一方的に押し付けることはしない。時代と共に変化する美の価値観を拒むことなく受け止めながら、常に進化を続けているのである。

M·A·C シニア アーティスト 池田ハリス留美子

バックステージから生まれる製品

M·A·Cアイテムはバックステージから生まれるものが多い。まず先にアーティストがバックステージで使ってから製品化されるため、トレンドがより洗練された状態で反映されていく。M·A·Cシャドウは中の色がわかりやすいようにフタが透明だが、それもバックステージを意識しているため。それぞれが軽く、運びやすいという特徴もある。
 製品発売前には、各国にいるパネラーと呼ばれるアーティストがまずサンプルを使用する。顧客に最も近い存在の彼らのフィードバックは本国に集められ、その意見を参考に発売範囲やアイテムが決定される。そのため、国によって展開される製品や処方は少しずつ異なっている。

ビバ グラム&M·A·C エイズ基金

「私こそがM·A·Cガール!(I am the M·A·C girl!)というキャッチコピー、まばゆく輝く赤いレザーブーツ×コルセット姿の人物••••••。ドラァグ界のカリスマでビバ グラムの最初の顔となったル・ポールが放つ挑発的なスローガンは、世界に大きな衝撃を与えた。伝説のキャンペーンが生まれた瞬間である。1994年に発売された情熱的な赤色のビバ グラム リップスティックは、寄付金を集めるのと同時に、HIV/エイズへの関心を高めた。全世界へ広がるこの感染症が、特にファッション界に大きな影響をもたらしていた時のことである。それ以来「ビバ グラムの売り上げのすべてがM·A·Cエイズ基金に寄付され、HIV/エイズと共に生きる女性、男性、子供たちをサポートする」という、前例のない活動が今日まで続いているのである。
 ル・ポールの広告から20年の間、レディー・ガガ、エルトン・ジョン、ボーイ・ジョージ、シンディ・ローパー、ニッキー・ミナージュ、クリスティーナ・アギレラ、ディタ・フォン・ティース、メアリー・J.ブライジ、リアーナ、マイリー・サイラス、アリアナ・グランデら輝かしいスターたちがキャンペーンのスポークスパーソンを務めており、現在はオーストラリアのシンガー、シーアがその顔となっている。

ビバ グラム 2018 ビジュアル(シーア)

これからも変わらず、すべての人へ

 M·A·Cが創業当初より基本概念としている“人道、年齢、性別を問わず、すべての人へ”という考え方は、まさに現代の気分にマッチしていると言えるのかもしれない。SNSが普及し、情報発信は一方通行ではなくなった。トレンドとはブランド側が作り出すものではなく、双方でシェアし合うものに変わってきたのだ。「M·A·Cは毎年真剣にディレクションに取り組んでいます。インディビジュアリティという世の中の大きな流れがありますが、一人ひとりにリスペクトを持って向かい合うためには、私たちはすべての方へアプローチできる品揃えとメイクスキルを持っていなければなりません。先ほども申し上げたように、店舗は舞台。お客様に楽しんでもらう場所です。1日のわずかな時間をここで過ごすことで、その日が良い日だったな、と思っていただけるようなプラス経験を持ち帰っていただきたいと思います。(岩崎さん)」M·A·Cは今後も、常にアップデートを繰り返し、私たちをまだ見ぬ新しいビューティの世界へと誘ってくれるだろう。

Edit & Text SATORU SUZUKI
Web Edit KIKUNO MINOURA

こちらの情報『CYAN ISSUE 019』に掲載されたものを再編集したものです。

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